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2020.12.08

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インタビュー石川佳純 後編 全日本選手権ジュニア4連覇達成(2010年4月号から)

  • 世界選手権へ向けて目標を語る石川佳純選手

昭和22年創刊、800号を迎えたニッタクニュースのバックナンバーから編集部がピックアップしてお届けするページです。

 

史上最年少でジャパントップ12大会を優勝した石川佳純選手(全農、当時ミキハウスJSC)。さらに同年には全日本選手権大会女子ジュニアで4連覇を達成。様々な選手との試合を経験した中で自分のプレーを見つめ直した石川選手が大会を振り返り、世界選手権への目標を語ります。
*一部を除き、所属・年齢は当時のままです。
*ここに紹介の記事は、本誌記事を一部抜粋、編集しています。
本誌記事ページはこちら!

 

世界選手権に向けて、これまでの試合を振り返る

――2009年末に広島で行われた世界選手権の選考会ですが、調子の方は。
石川 普通だったと思います。
――最終日まで優勝争いが混沌としていましたが。
石川 みんな同率になって、勝ったら代表、負けたら落選ということでした。私は1本1本諦めないで気持ちを入れて頑張りました。
――その中で、自力で代表権を獲得したわけですが。
石川 今までは監督やスタッフの方に選んでいただき、海外の試合などで、いろいろと経験を積ませていただきました。その経験を活かして優勝を勝ち取れたので、嬉しかったです。
――東アジア選手権では福原愛選手(ANA)とのダブルスで優勝しましたが。
石川 凄く自信になりました。香港がフルメンバーで出ていたし、競り合いの中で勝つことができたので、全日本選手権に向けて非常に自信になりました。
――その全日本選手権ですが、独特の雰囲気がありますが、気を付けたことは。
石川 初戦から良い試合をするようにして、徐々に調子をあげ、最後の日には最高のプレーができるように準備しました。具体的には1本1本しっかりプレーをする意識です。
――全日本選手権はミックスからの登場で、優勝という結果に終わりましたが。
石川 中学校3年生の世界ジュニア以来だったので、緊張しました。パートナーの松平健太さん(青森山田高)に助けてもらって優勝できました。
――ジュニアは史上初の4連覇ということでしたが。
石川 優勝とか4連覇したいと思うと、どうしても力が入ってしまうので、1試合1試合だけを考えていました。結果として4連覇できたことは非常に嬉しかったです。
――女子ダブルスでは、東アジア選手権の決勝と同じ顔合わせになりましたが。
石川 藤井寛子さん、若宮三紗子さん(ともに日本生命)のダブルスが非常に強いのは分かっていました。強い選手と試合をする時は、大事な局面での1本、2本が勝敗を分けると感じました。
――シングルスでは、中国から帰化した福平暁さん(日立化成)と対戦しましたが。
石川 左利きの表ソフトの選手に苦手意識があったので、表ソフトの選手と練習をやり込みました。試合は私が先に2ゲームを取りましたが、そこから受け身になってしまい、2-2に追いつかれてしまいました。しかし、そこからまた思い切って攻めることができたのが勝因だったと思います。
――次の相手は王輝選手(日立化成)でしたが。
石川 あの場所で勝ちたいという気持ちは凄くありました。でも、相手は王輝さんだったので、勝ちたいという気持ちよりは、自分の良いプレーをしようと思ってプレーしました。
――接戦でしたが敗れてしまいました。しかし、中学2年からランクに入っていることに関しては。
石川 中学2年からランクに入っているのは嬉しいです。しかし、今年はもうちょっと勝ちたいと思っていたので、残念な気持ちもあります。
――全日本選手権で勝ち上がっていくとき、注意している点は。
石川 ジュニアの後にミックス。ミックスの後に一般など、試合と試合の間隔が詰まっているので、気持ちの切り替えを注意しています。この相手にはどういう作戦で行こうなど、試合前に色々考えてプレーしています。
――これからプロツアーなど、世界を相手にすることが多くなりますが。
石川 国内でもそうですが、格上の選手と対戦する時は、なおさら、自分から積極的に仕掛けていかなければいけないと思います。特にサーブ、レシーブを強化しなければ、勝てないと思います。
――最後に世界選手権の目標を。
石川 一昨年試合に出た時は、準決勝という舞台で出させてもらいました。しかし、結果は負けてしまったので、チームに貢献できませんでした。今年はチームに貢献して、みんなから信頼してもらえるような選手になりたいです。

 

*トップページの写真は、2009年12月世界選手権選考会から