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2022.05.23

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「人間関係のネットワークが広がったことが大きな財産」日本の肖像 野々垣隆司(2015年2月号から)

ニッタクニュースの人気コーナー「日本の肖像」から編集部がピックアップしてお届けします。

日本の肖像とは、各界でご活躍されている卓球人にご登場いただき、卓球を通じて学んだこと、その経験を生かした成功への道を語っていただくコーナーです。

第7回は2015年2月号より、野々垣隆司さんです。

※所属・年齢・事実は掲載当時のまま

 

文■細谷正勝

写真■安部俊太郎

 

株式会社ネクステージ 代表取締役社長

野々垣 隆司

 

愛知県の一宮高、名古屋大の卓球部に所属し活躍した。現在は激務の合間を縫って、単身赴任中の大阪と自宅のある東京で、会社・大学と2つの地域クラブの計4か所を拠点に卓球にいそしんでいる。130か所のガソリンスタンドを経営する野々垣さんに、卓球の魅力、そして、仕事について聞いた。

 

大阪では中央区、阿倍野区。東京では会社、母校、地元PTA

「現在は大阪と東京に練習用のランニングコースを確保しています。1日3~5キロを月に20日前後走っています。体調はいいですよ」

大阪では本社のある中央区難波の「西卓好会」というチームと阿倍野区・阿倍野小学校で月数回、東京では三菱商事の練習会が月1回、自宅近くの杉並区の小学校PTA・OBの会「JUMP」に顔を出し、名古屋大卓球部OB会の年3回の遠征に付き合うなど幅広く、かつ、積極的に参加、各々で大会に出場することも多い。

「卓球は中学1年から。仲の良かった2歳上のいとこに勧められて始めました。彼は後に京大卓球部の主将になりました」

 

愛知生まれの愛知育ち。予備校で無二の親友と出会う

1957(昭32)年10月8日、愛知県一宮市生まれ。一宮市立北部中、県立一宮高では県大会に出場しているが、厚い壁にはね返されている。特に愛知県の高校は名電高、享栄、桜丘が強くて相手にならなかったという。スタイルはペンの前陣速攻。今はフォアに表、バックに裏ソフトを貼り、相手の得手、不得手を観察したうえでサービスの時は両面を使い分ける。

「卓球をやって良かったことは、人間関係のネットワークが広がったことですね。これが大きな財産になっています」

無二の親友、真新(まに)哲朗氏と巡り会ったのは、浪人時代に通っていた名古屋の予備校が開催したクラス対抗の卓球大会。久しぶりに参加した試合で、真新さんが優勝、野々垣氏は3位だった。そんな2人が後に奇しくも同じ大学の卓球部で再会した。

「びっくりしました。それにしても大らかな時代でした」と当時を懐かしんだ。真新さんが主将を務め、野々垣さんはそれを支えた。

 

三菱商事卓球部29歳で引退。40代、PTA部員募集で卓球再開

卒業後は三菱商事に入社。卓球部に所属し29歳まで部の中心選手として活躍、名古屋勤務となり88年に活動を休止した。

「30代はサラリーマンの典型で麻雀、ゴルフ、カラオケの日々で完全に運動不足でした。40代で東京に戻ったのを契機に卓球を再開。これで心肺機能が回復しました。卓球のお陰ですね。現在の生活は仕事を離れたらほとんど卓球中心です」

仕事と同様、卓球に対しても貪欲だ。子供さんの小学校(杉並)のPTA卓球部募集チラシをたまたま見て「入ってみようかな」とさっそく行動。入会したあとは地元・荻窪の卓球教室「クニヒロ卓球」代表の国広哲弥コーチからフットワークとショートの打ち方を教わって、モノにしている。高校、大学時代は指導者がいなかったので、本格的な卓球は、国広氏が初めての先生だった。

 

TV国際大会は必ずチェック。卓球メジャー化を心から喜ぶ

「国際大会は必ずテレビで見ています。日本は男女とも強くなったし、人気も出ているように感じます。案外卓球は日本で一番人口の多いスポーツじゃないでしょうか」

卓球は、石川佳純、福原愛の登場やジュニアの台頭により、近年盛り上がりを見せている。公益財団法人日本卓球協会登録者は30万人超、愛好家は200万人とも言われている。卓球が再びメジャースポーツになってきたことを心から喜んでいる。

「ガソリンスタンドは規制緩和以降、激戦状態が続いています。全国の店舗数も全盛時の60%の約3万6000軒に減っています。コストの低減はもちろんですが、安全のためのサービス要員確保は不可欠です」

現在は、89年に設立の三菱商事石油とJX日鉱日石エネルギー(ENEOS)との合弁会社の社長を務める。関東を除く全国130ヵ所で店舗展開している。最近の傾向としてコストを下げるためスタンドの建物は小さくして無人化するのが一般的だが、野々垣氏は国家資格をもつ整備士を必ずおいて利用者の相談に乗れるようにすることを指導している。経営環境は厳しいが、モットーの「最後まであきらめないこと。継続は力なりです」を胸にチャレンジを続ける。卓球にも通じる熱意で語った。