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2023.09.06

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「若いうちに海外に出て、切磋琢磨することが大事だと思います」日本の肖像 川嶋文信(2011年12月号から)

ニッタクニュースの人気コーナー「日本の肖像」から編集部がピックアップしてお届けします。

日本の肖像とは、各界でご活躍されている卓球人にご登場いただき、卓球を通じて学んだこと、その経験を生かした成功への道を語っていただくコーナーです。

第18回は2011年12月号より、川嶋文信さんです。

※所属・年齢・事実は掲載当時のまま

 

文■片野賢二

写真■安部俊太郎

 

三井物産株式会社代表取締役専務執行委員

川嶋 文信

 

大学2年の時ペンからカットマンに

「卓球は大学や社会人でもやっていましたが、強い選手ではありませんでした。それよりも二人の息子に『お父さんよりも僕たちのことを載せてよ』と言われました」と苦笑する。

その二人の息子さん(弘文さん、規文さん)は、中学から卓球を始め、千葉高から慶応大に進学。慶大時代には二人ともキャプテンとして関東学生リーグ戦で活躍していたというからそう言うのも無理はない。

息子さんの高校時代のエピソードを二つ。

一つは、顧問の先生から、「今どき卓球をできるだけやらせてくださいという親はいませんね」と言われるほど、夫婦で子どもたち(の卓球部活動)を応援している。

もう一つは、千葉高では夏合宿を千葉の房総でやっているが、差し入れを持参しながら、応援に駆け付け、現在は時々息子さんたちと行っている。

これだけ卓球に愛情を持っている方が実業界のトップで活躍していることに大きな驚きを隠せないが、それだけ魅力のあるスポーツということであろう。

川嶋さんの出身は福岡県久留米市。卓球を始めたのは中学1年から。最初は遊び半分だった。

「市内の大会で3位に入ったのが最高で、あまり強くはありませんでしたが、3年間真面目にやりました」と話す。

その後、久留米大学附設高校に進学するも、体育会クラブがなかったことから、仲間とバレーボールをしている。

大学は一橋大に入学。卓球部の練習を見学したらやりたくなり、一番下手そうな人に挑戦する。

「形が悪かったので、勝てそうだと思い挑戦したのですが、コテンパンにやられました。こんなに難しいものなのかと思いました」

当時の一橋大は、関東学生リーグの3部。国公立大で3部にいたのは一橋大と東京教育大(現筑波大)の2校だけだった。

大学2年まではペンホルダーだったが、いまのスタイルではリーグ戦で勝てない、と言われ、カットマンに転向した。カットマンになっても、性格が攻撃型なので、打ちたくなり、リーグ戦では打つな、打つな、とベンチからよく言われました、と話す。

「僕がいる間に5部まで落ちました。3年のときはキャプテンをしていて、入れ替え戦が多かったのですが、3-3のラストで勝ったときは下に落ちなくてよかったとホッとしたものです」と懐かしく語った。

 

若いうちに海外に出て切磋琢磨することが大切

卒業後の76年に三井物産に入社。卓球では、三井グループの大会をはじめ、オール商社大会などに出場、オール商社大会では3連覇したことがある。

仕事では、エネルギー部門を担当し、ニューヨーク、オーストラリアなど海外勤務を経て本社に戻り、現在は代表取締役専務執行役員としてエネルギー部門の最高責任者となる。エネルギー政策は今後の日本にとって大きな課題になるだけに重要なポストと言えよう。

現在も三井物産卓球部の部長を務めている。練習にはほとんど顔を出せないが、懇親会や忘年会にはなるべく顔を出している。

「若い人たちは、週1回程度練習をやっているみたいです。学生時代に卓球をやっていた人もいますが、最近はやっていない人も卓球部に入り、楽しくやっているみたいですね」

最後に、日本選手に期待することは、「若いうちに海外に出て、切磋琢磨することが大事だと思います。水谷さんも岸川さんもドイツのブンデスリーグで腕を磨き、愛ちゃんも石川さんも中国で活動していると聞いています。来年はオリンピツクもありますので、ぜひメダルを獲ってもらいたいですね」とエールを送る。