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2020.09.18

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【世界選手権おもしろ史12後編】「世界選手権初参加4冠を達成した日本のその後って?」 (2009年5月号から)

  • ムンバイ大会4冠の笑顔。後列左から城戸団長、大門助監督、

昭和22年創刊、800号を迎えたニッタクニュースのバックナンバーから編集部がピックアップしてお届けするページです。


 

2009年5月号世界選手権横浜大会開催記念号から、故・藤井基男氏・著の「世界選手権おもしろ史」をお届けします!今回は、前回に続き、世界選手権初参加で4冠を達成した日本の影響力に迫ります!
※ここに紹介の記事は、原文を一部抜粋、編集しています。敬称略

 

QアンドAとエピソードでつづる世界選手権おもしろ史

 

第19回大会1952(昭和27)年2月1-10日 インド・ボンベイ(現ムンバイ)

日本が初参加4冠を達成するも、翌年ブカレスト大会には出場ならず

――初参加で日本が4冠を達成。その後は?

……翌年にルーマニアのブカレストで行われた第20回大会に、日本は参加しなかった。アメリカの占領下にあり、共産圏での大会ということで政府からの渡航許可がおりなかったためである。この大会で3冠王となったシドは、せっかく日本のスポンジに対する練習をやってきたのに日本が不参加で残念、と試合後に語った。前回、準々決勝で佐藤に負けているだけに、雪辱をちかってブカレスト大会に臨んだことがうかがわれる。

 日本不参加のいっぽうで、中国がブカレスト大会に初めて参加し、男女ともベスト8の成績だった。

 

  • ●こぼれ話

“異常な”報道

 ボンベイ大会の取材にあたったロイター通信(英国)の記者が、「佐藤の異常なペンホルダー打法…」と書いている。朝日新聞にも掲載されたが、日本人から見ると異常でもなんでもないのに、シェークハンド卓球を見なれた英国人記者の目には“異常な打法”とうつったのであろう。

 

各種目の優勝

男子団体:ハンガリー

女子団体:日本(楢原静・西村登美江)

男子シングルス:佐藤博治

女子シングルス:ロゼアヌ(ルーマニア)

男子ダブルス:藤井則和/林忠明

女子ダブルス:楢原静/西村登美江

混合ダブルス:シド/ロゼアヌ(ハンガリー/ルーマニア)

 


藤井基男(卓球史研究家)

1956年世界選手権東京大会混合複3位。引退後は、日本卓球協会専務理事を務めるなど、卓球界に大きく貢献。また、卓球ジャーナリストとして、多くの著書を執筆し、世に送り出した。特に卓球史について造詣が深かった。ニッタクニュースにおいて「夜明けのコーヒー」「この人のこの言葉」を連載。

本コーナーは藤井氏から「横浜の世界選手権に向けて、過去の世界選手権をもう一度書き直したい」と本誌編集部に企画の依頼をいただいた。執筆・発行の14日後、2009年4月24日逝去