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張一博 (東京アート) |
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病弱だった頃を支えてくれた母のために
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卓球の本場・中国から、遠い異国の地である日本にやってきたのは、高校生になったばかりのころだった。〈強くなりたい〉 ただ、そのことだけを考えて張一博はやってきたのである。 しかし、言葉は分からないし、文化や慣習も異なる。練習で必死にボールを追う以外、ふさぎ込むことが多くなっていた。そんなとき、そっと誘い出してくれたのは、先輩であり現在協和発酵に所属する田勢邦史だった。 「精神的にまいっているときに、田勢さんと話すことで、随分と助けられました。もし田勢さんがいなかったら、ぼくは中国に帰っていたかもしれません」 こう苦しかったころを振り返る張は、再び高い集中力で練習に明け暮れるようになる。 青森山田高では、エースとしてチームに貢献。 「吉田安夫先生には、勝負に対する考え方を教えていただきました。どんな場面になってもあきらめない。常に向かっていく気持ちが大切である、ということを勉強しました。これは、吉田先生からでないと学べなかったと思います。感謝の気持ちでいっぱいです」 今年からは実業団の名門・東京アートに所属し、さらなる飛躍を期しているのである。 ![]() 社会人選手としてのデビュー戦となった、前期日本リーグでは主軸としての活躍をみせた。 「まわりもみんな強い選手ばかりで、大きなプレッシャーがかかって緊張しました」という張は、決勝の対グランプリ戦のラストで加山と激突した。 初めての対戦である。 出足の2本を連取し、サーブ権が加山に渡った。短いサーブが来た。 張のレシーブは、あらぬ方向に飛んでいってしまった。 続いてロングサーブ。再び張はオーバーミス。 「これで一気に緊張してしまいました。レシーブが入らなければ勝つことはできない。そう思ったら...」 加山は、サーブのみならずブロックにも定評がある。 それでも張は粘り強く戦い、1、2セットを連取。 3セット目の4‐4のときだった。 フォアのドライブで4本5本と攻める張。固いブロックで凌ぐ加山。 結局、最後は張がミスをし、ここから流れが加山に移っていった。 「そのままだったら、ちょっとマズかったのですが、コーチの指示で、少し緩急をつけ、バックハンドはミスをしないようにすることで、その後をなんとか乗り切ることができたんです」 デビュー戦でいきなりチームの優勝に貢献することができた。 上出来ではあるが、張はもっと先の大きな舞台を視野に入れている。 「いずれは、帰化して日本人になって、そして日本代表として世界選手権やオリンピックで活躍したい、そう思っています」 |
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取材・文■青柳雄介 撮影■安部俊太郎
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(以下、詳細は「ニッタクニュース8月号」に掲載)
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