マンスリースペシャル
Athlete File
高志 亮   三原孝博

新しいものにチャレンジすれば何歳になっても卓球は発展する。


1987年(昭和62年)に来日して20年余、常にトップクラスで活躍している高志亮選手(42)。全日本選手権に13回出場し、10回のランキングを果たしている。昨年の日本リーグで通算125勝の新記録を樹立。パワーを持続する秘訣を取材した。

平成17年度全日本選手権大会で、高志選手は男子シングルスランク15位だった。
まず、今大会を振り返ってもらった。


◆今回の目標は?調整はどうでしたか?

高志 目標は常に優勝です。
卓球を続けるためには、目標を高く設定して、それをクリアしていくことが大事です。
調整については、あまり意識しないようにしています。
マイナスのイメージを持つとどんどん悪くなるので、よい方にイメージします。
この年齢まで勝つことができるのは、よい方に考えるからでしょう。
それと、卓球を長年やっていても、試合前は初心者の気持ちになって、フォーム、リズム、イメージなどをチェックします。

◆今回、一番苦しかった試合は?

試合はいつも苦しいですよ。
特に今回のシングルスは、若い選手のスピードや力について行けず、自分の動きのどこが悪いのか、その原因をみつけるまで苦しかった。
試合後は、ビデオを見て分析します。
若い頃のように練習量でカバーできないので、頭で考えること、イメージトレーニングが最も大事です。
ベテランでも、いろんな人の卓球を見て、よいところを取り入れ、新しいものを身につけていく。そのやる気と研究心があればランクを長く維持できると思います。

◆シングルス6回戦の松下浩二選手(グランプリ)との試合で、1セットを取ったものの、4-1で敗れてしまいましたね。

日本リーグで松下選手に負けて、その試合の分析をして、1セット目は、自分のイメージ通りでした。ところが、彼は、すぐ作戦を立てて変わってきた。僕はそれに対する対応が遅れました。ただ、点の取り方はよくなっているので、フォームのバランスとリズムが取れれば、勝つチャンスはあります。

◆15位という成績はどうですか?

満足していません。
自分は卓球に対して未熟だし、もっとチャレンジできると思います。
理想が高いので実現できないかもしれませんが、理想を追求したいです。

(以下 本誌に続く)


チームのために勝ちたい

三原選手の全日本選手権出場は今回で13回目となるが、ランキングは過去1回である。
「ずっと目標がベスト16で、目標自体が低過ぎました。今回、初めて目標をベスト4に上げ、吉田海偉選手(日産自動車)と試合をしたいと思っていました」

目標達成のため、昨年の大晦日も、休みを返上し、チームメイトの三田村宗明選手と一緒に練習をしていた。夕方、父から母が交通事故で亡くなったという電話を受け、すぐに栃木県足利市の実家に向かった。

葬儀を終えて、1月8日に帰神、9日は東京選手権の神奈川予選に出場し、翌10日に全日本選手権が始まった。年明けからほとんど練習できなかったが、三原選手は勝ち進み、男子シングルス6回戦は、加山兵伍選手(グランプリ)だった。
いつもは苦手な加山選手に対して、今回は冷静な試合運びができる。
相手がどこにいるか、どういうレシーブが取れないかがよくわかるのだ。
この試合も終始、三原選手のペースで4‐1で勝った。
準々決勝は、倉嶋洋介選手(協和発酵)だった。
高校の同級生には負けたくない、勝てば目標の吉田選手と戦えるという欲が出たせいか、ストレートで負けた。
「ベスト8に入って、自分では満足しています。四十九日に実家に行き、母に報告します。母はいつも一番前の席で、僕の試合のビデオを撮りながら、応援してくれました。今年も全日本選手権を楽しみにしていたんです。ですから、僕も気持ちを切り替えて、やれるだけのことはやろうと思いました。試合が始まると、母に力をもらっている感じがして、冷静になれたし、監督やチームメイトの気遣いも力になりました」と三原選手。

佐藤正喜監督も次のように話す。
「三原のお母さんは、いつも応援に来てくれて、彼が負けると、『すみませんね』と頭を下げて帰ったんですよ。ですから、試合で頑張ることが供養になると話しました。不幸な事故があって、逆に無心になれたのか、よく頑張ったと思います」
(以下 本誌に続く)


マンスリースペシャルは NITTAKU NEWS より抜粋してウェブ上で公開しています。
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