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LAST SUMMER LAST MATCH ---最後の夏--- 1/3 インターハイ50年連続出場の偉業を達成 白鵬女子高と近藤欽司先生 |
![]() 高校女子卓球界に金字塔が打ち立てられた。 神奈川県の名門・白鵬女子高がインターハイ団体50年連続出場という偉業を達成したのだ。 前身の京浜女子商時代から数えて半世紀。 そしてこの夏、その記録達成と同時にひとつの時代が終焉を迎える。 同校は学校の方針により、今迄の卓球部の選手強化を行なわなくなるのだ。 白鵬女子高と近藤欽司先生。 梅雨空に紫陽花が映える季節。 今年6月19日。神奈川県の白鵬女子高で、とてつもない記録が達成された。 この日、同校ではインターハイの県予選が行なわれていた。 上位4チームによるリーグ戦で、2チームが代表となるのだ。 試合は戦前の予想どおり、白鵬女子が圧倒的な強さを見せて優勝。 ここに、50年連続インターハイ出場という偉業を成し遂げたのである。 |
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白鵬女子は名門校・実力校で、他の学校とは明らかに実力差があるとはいえ、長きにわたる連続出場中で、選手たちには大きなプレッシャーがのしかかっていたはずだ。それを察してか、選手の父兄やOGら多くの関係者が会場に集結していた。そして、声を限りにしての応援をくり返していた。 代表を決めた瞬間、ひとりの男性が選手たちを慈しむような眼差しで見つめていた。 一瞬の間があって、OGから差し出された花束をうれしそうに受け取っていた。50年のうちのおよそ40年の指導に関わり、現在、ナショナルチーム女子の監督を務める近藤欽司がその男性である。 「私は昭和40年から指導を始めました。ちょうど、連続出場が10年目の年でした。学校側としても10年という記録を達成したいという思いが強くありました。 当時は部員も少なく、戦力的にはとても厳しい状況だったんです。インターハイの予選前に、関東大会の予選で既に負けていたんです。とにかくインターハイだけは連続出場したいとがんばりました。すぐに結果に結びつくのはサーブですから、その練習を中心に必死にやって何とか予選を通過できたんです」 同校の草創期を、近藤先生がこう語る。 しかしその年、長崎インターハイ本大会に出場してみると、1回戦で、しかも0-3で敗れてしまった。 そのとき23歳の若き近藤監督は、とても屈辱的なものを味わったという。このときの体験が、ひたすらに疾走し続けてきた原風景といえるのだろう。 近藤をはじめ、関係者の多くは偉業の達成を喜ぶと同時に、もうひとつ万感胸に迫る思いを抱えていた。 LAST SUMMER LAST MATCH ---最後の夏--- |