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Kaai Yoshida |
国内の総決算・平成16年度全日本選手権男子シングルスを制した吉田海偉(23)。吉田は今回、全日本に初めてエントリーした。初出場初優勝は偉関晴光以来だ。 鍛え抜かれた肉体、研ぎ澄まされた神経、そして勝利への渇望。 吉田には、いまの選手か忘れかけている何かが感じられる。 |
| 全日本の直前、「これでもか」というくらいハードな多球練習のあとで、その意気込みを聞いた。 |
| 「全日本ですか。最低でも優勝、最高でも優勝、ですよ。あたり前じゃないですか。国内で優勝しないと、日本の代表になれないですから。 そして、世界選手権に出たいんです。出ることがまずできたら、次の目標を考えます。 世界は国内とレベルがまったく違います。そこで戦うためには、もっともっと練習時間を増やさないとダメです。質も上けないといけません。そのために練習相手を探し求めて、あちこちに行きます。 最低でも毎日6時間は練習したいですね。偉関さんはベテランですが、毎日5〜6時間は練習しているそうです。ボクはまだ若いじゃないですか。だから、もっとやらないといけません。日本一とか世界で戦うためには、そのくらい必要だと思います。 自信はあります。そうじゃないと、こんなこと言わないです。偉関さんとか松下さんとか、強い選手はたくさんいますが、勝ちたいですね。とにかく勝ちたい。 ただ、他の大会と比べて全日本は雰囲気が違うじゃないですか。ボクは初めてそれを経験するので、そのためにもできる限りの練習を積んで、そして戦いに臨んで行きます。とにかくがんばりますよ。勝ちに行きますよ」 |

吉田は今年、東京選手権、日本リーグビッグトーナメント、全日本社会人と、主要な大会ですべて優勝を果たしている。その他、団体戦でもほとんど勝利を得ている。 日本人選手に負けたのは、わずかに2回だけ。とすると、その視線は自ずと"世界"へと向いていく。 「最終的な目標は、世界チャンピオンです。でも、なかなかなれないですよ。強い選手、いっぱいいるじゃないですか。みんながんばっているじゃないですか。やっぱり努力しないと、いい成績は出ないですね。 世界で通用する可能性は、あると思います。 去年のジャパンオープンで、世界ランク21位のコルベル選手と戦いました。セットオールで9-9になって、しかも自分のサーブですよ。結局、負けましたが、ランク上位の人ともある程度戦える...という手応えを感じました。 でも最後の最後に、いままで見たこともないような回転のレシーブが来たんです。何が起こったのか、全然わからなかった。ビツクリしました。これは経験の差ですね。悔しいですね、ホントに... 中国オープンのときには、スウェーデンの力ールソンに負けました。 セットオールになったのでチャンスがあるかなと思ったんですが、そこから簡単に負けてしまいました。これも経験ですね。 そのほかに、ポーランドオープン、USオープンなどに出場しました。 海外の試合に出て戻ってくると、国内の試合は余裕が出ますね。ほとんど3-0とか4-0で勝てます。全日本社会人でも木方さんに1セット落としましたが、あとは全部ストレートです」 |
| 吉田は、現在では少なくなったペンホルダーの攻撃型。 世界的には苦しい戦いを強いられることが多いペンだが、そんなことは意に介さない様子だ。 |
| 「ペンとかシェークとか、の間題ではないんです。とにかく努力して、自分をどこまで高められるかが大切だと思います。そうすればいい結果が出てきます。 アテネオリンピツクでは、柳承敏が優勝したじゃないですか。11本の勝負では特に、何が起こるかわからないです。ですから、気持ちと実力です。 いまボクは、バックハンドにも自信を持ってるんですよ。練習も随分していますし、大きな試合では、結構バックハンド振っているんです。」 |
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北京五輪のために今がある
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| 高校1年で来日し、インターハイ3連覇、全日学などのタイトルを総ナメにしてきた。 16年3月に帰化。 2008年には、母国 ・中国でオリンピックが開催される。 |
「北京オリンピックには、そりやあ、出ますよ。そして、勝ちたい。出るだけじゃダメです。海外の大会に出てみてわかったことは、自分はそんなに弱くないということ。 もうちょっとがんばれば、勝てるんです。そう思ってます。 だからいま、メチャがんばってますよ。 そのためには、毎日同じところで練習していてはダメですね。いろいろな場所に出向いて行かないと。ボクはあちこちの大学にも行きますよ。そして、試合にもたくさん出る必要があるでしょう。 あと、目標は大事です。目標が低いと、自然にボールがその程度のボールになってしまうんです」 |
| 1981年、中国 ・河北省出身。23歳。178cm、70kg。 大好きだった卓球を7歳から始める。 青森山田の吉田先生に見込まれて日本へ。来日当初は不安だらけだった、という。 |
| 「言葉もわからないし、メチャ不安でした。一人っ子だから親も心配していました。 最初は中国に帰りたかったですね。 でも、インターハイで最初に優勝したあとに、もっと卓球強くなりたい、勝ちたい、という気持ちのほうがまさっていったんです。 |

| そのころいつも、韓国の金澤沫選手のビデオを見ていたんです。自分もいつかああいう風になりたい...と。 だからそのあと、必死なってがんばりました。 そして、いま思います。卓球が強くなる方法、それは努力です。これしかありません。 がんばれば、何でもできる。 でも、考えないとダメです。頭使って、努力する。きょうはこれやって、明日はこれをやる。毎日同じことやっていては勝てないです。 ![]() ぼくは、試合のときいつも声を出し気合いを入れていきます。元気が一番大事です。声を出さないと調子が出ないんです。 よく考えて、努力して練習する。試合では元気を出す。これを基本に、世界で活躍できるようにがんばります。 いったい自分がどこまで行けるのか、結果がどうなるのか、それはわかりません。行けるところまで行きます。 でも、必ずいい結果が出ると思っています。自信あるんです、自分がやれるっていう。もっともっと、オレは強くなる。強いはずなんだ。いつも自分にそう言い聞かせています。 そして、4年後の北京オリンピックに向けて、あるいは、世界チヤンピオンに向けて、いま毎日練習しているんです。」 |